"本能寺の変諸説- 明智光秀とは (アケチミツヒデとは) [単語記事] - ニコニコ大百科 (via mesotabi)
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├─ 普通に天下が欲しかったよ説(野心説)
| ├─ 元から凄い野心家だったよ説(フロイス説)
| ├─ 信長の下剋上思想を体現したんだよ説(下克上説)
| ├─ 戦国大名なら誰でも天下ぐらい狙うよ説(光秀の野望説)
| ├─ 老い先短くて焦ったんだよ説(光秀老齢説)
| └─ チャンスだったから勢いでやったよ説(アドリブ説)
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├─ 信長のイジメに耐えられなかったよ説(怨恨説)
| ├─ 粛清されそうだったから反乱したよ説(左遷説)
| ├─ 人質に出した母を見殺しにされたよ説(J( ‘ー`)し説)
| ├─ ノイローゼになってヤケクソで謀反したよ説(精神耗弱説)
| ├─ 家康に鯛を出したら信長に腐ってると怒られたよ説(接待失敗説)
| ├─ 信長の酒を断ったら殺されそうになったよ説(ワシの酒が飲めんのか説)
| └─ 信長から殴る蹴るの暴力を受けてたよ説(暴行説)
| ├─ 信長にサッカーボールキックされたよ説(ボールと間違えた説)
| └─ 殴ったのは蘭丸だよ説(鉄扇痛いよ説)
| └─その際に鬘なのがバレたからだよ説(ハゲの恨みは怖い説)
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├─ 大義の為にやむなく反乱したよ説(英雄説)
| ├─ 魔王をどげんかせんといかんよ説(天誅説)
| ├─ 体に流れる公家の血が帝を守れと囁くよ説(尊王説)
| └─ 昔の職場を蔑ろにする信長が許せなかったよ説(幕府ラブ説)
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├─ 実は共犯がいるよ説(黒幕説)
| ├─ 信長に恐怖を覚えた公家衆が光秀に殺させたよ説(朝廷説)
| ├─ 信長に追放された足利義昭が旧家臣の光秀に殺させたよ説(幕府説)
| ├─ イエズス会が信長を殺して政権を乗っ取ろうとしたよ説(バテレン説)
| ├─ 秀吉が邪魔者一掃を企んだよ説(秀吉説)
| | ├─ 秀吉に内通してた友人に唆されたよ説(細川藤孝説)
| | ├─ 秀吉に天下を取ってもらわないとわび茶が完成しないよ説(へうげもの千利休説)
| | └─ 秀吉に天下を取らせようとしたよ説(神に愛されなかった男説)
| ├─ 家康が耐えられなくなったよ説(家康説)
| | └─ 光秀は天海になって家康に仕えたよ説(光秀天海説)
| | └─ 天海は婿養子の方だよ説(秀満天海説)
| ├─ 元親には悪いことしちゃったよね説(長宗我部説)
| ├─ 元は斉藤家の家臣だったよね説(斉藤家説)
| | ├─ 信長がうつけだから殺しちゃったよ説(マムシ説)
| | └─ 姫君のためだよ説(濃姫説)
| | ├─ 濃姫は信長を独占したかったよ説(ヤンデレ濃姫説)
| | ├─ 初恋の人に自分が乱世を治めると誓ったから説(決戦3説)
| | └─ おやめください姫君様、私には妻と子が……!説(不倫説)
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| └─ 光秀様を打ち負かす戦、面白そうですなあ説(斉藤利三説)
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├─ 実は光秀は犯人じゃないよ説(冤罪説)
| ├─信長を助けにいったら自分が犯人扱いされたよ説(ドジっ子説)
| └─光秀の築く天下この信長も見たいぞ説(信長自爆説)
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└─ 信長が好きだからこそ謀反したんだよ説(本能寺の恋で本能寺が変説)
├─ 信長をおいしく味わいたい変態だった説(「明智光秀(戦国BASARA)」説)
├─ 上様の絶望を解き放つには殺すしかなかったに候説(センゴク説)
├─ 光秀は信長に殺されたかったんだよ説(光秀ドM説)
├─ 信長と一緒に心中しようとしたよ説(ヤンデレ光秀説)
├─ 二人で生き延びて末永く幸せに暮らしたよ説(愛しの焔説)
└─ 信長に寵愛される森蘭丸に嫉妬したんだよ説(衆道な三角関係説)"
(元記事: dic.nicovideo.jp (andangoから))
レナ(Lenna または Lena)は、PLAYBOY誌1972年11月号に掲載された裸の女性の写真の一部。画像圧縮アルゴリズムの評価に、広く使用されている標準テスト・イメージのうちの1つである。 (via レナ (画像データ) - Wikipedia
)
地元の西城区政府が、北京五輪を盛り上げようと設置。重量挙げ、体操などのポーズを取るネズミの耳には、正方形の穴がある。
担当者によると、中国の古銭をかたどったもので、ねずみ年、五輪、金融街のキーワードをもとにしたデザイン(via 「ねずみ年で五輪」北京・金融街に新キャラ…でも似てません? : 国際 : YOMIURI ONLINE(読売新聞))
摂津せっつ半国の主であった松山新介の侍大将中村新兵衛は、五畿内中国に聞こえた大豪の士であった。
そのころ、畿内を分領していた筒井つつい、松永、荒木、和田、別所など大名小名の手の者で、『鎗やり中村』を知らぬ者は、おそらく一人もなかっただろう。それほど、新兵衛はその扱しごき出す三間柄えの大身の鎗の鋒先ほこさきで、さきがけ殿しんがりの功名を重ねていた。そのうえ、彼の武者姿は戦場において、水ぎわ立ったはなやかさを示していた。火のような猩々緋しょうじょうひの服折を着て、唐冠纓金えいきんの兜かぶとをかぶった彼の姿は、敵味方の間に、輝くばかりのあざやかさをもっていた。
「ああ猩々緋よ唐冠よ」と敵の雑兵は、新兵衛の鎗先を避けた。味方がくずれ立ったとき、激浪の中に立つ巌のように敵勢をささえている猩々緋の姿は、どれほど味方にとってたのもしいものであったかわからなかった。また嵐あらしのように敵陣に殺到するとき、その先頭に輝いている唐冠の兜は、敵にとってどれほどの脅威であるかわからなかった。
こうして鎗中村の猩々緋と唐冠の兜は、戦場の華はなであり敵に対する脅威であり味方にとっては信頼の的まとであった。
「新兵衛どの、おり入ってお願いがある」と元服してからまだ間もないらしい美男の士さむらいは、新兵衛の前に手を突いた。
「なにごとじゃ、そなたとわれらの間に、さような辞儀はいらぬぞ。望みというを、はよういうて見い」と育ぐくむような慈顔をもって、新兵衛は相手を見た。
その若い士さむらいは、新兵衛の主君松山新介の側腹の子であった。そして、幼少のころから、新兵衛が守り役として、わが子のようにいつくしみ育ててきたのであった。
「ほかのことでもおりない。明日はわれらの初陣ういじんじゃほどに、なんぞはなばなしい手柄をしてみたい。ついてはお身さまの猩々緋と唐冠の兜を借かしてたもらぬか。あの服折と兜とを着て、敵の眼をおどろかしてみとうござる」
「ハハハハ念もないことじゃ」新兵衛は高らかに笑った。新兵衛は、相手の子供らしい無邪気な功名心をこころよく受け入れることができた。
「が、申しておく、あの服折や兜は、申さば中村新兵衛の形じゃわ。そなたが、あの品々を身に着けるうえは、われらほどの肝魂きもたまを持たいではかなわぬことぞ」と言いながら、新兵衛はまた高らかに笑った。
そのあくる日、摂津平野の一角で、松山勢は、大和の筒井順慶の兵と鎬しのぎをけずった。戦いが始まる前いつものように猩々緋の武者が唐冠の兜を朝日に輝かしながら、敵勢を尻目にかけて、大きく輪乗りをしたかと思うと、駒こまの頭を立てなおして、一気に敵陣に乗り入った。
吹き分けられるように、敵陣の一角が乱れたところを、猩々緋の武者は鎗をつけたかと思うと、早くも三、四人の端武者を、突き伏せて、またゆうゆうと味方の陣へ引き返した。
その日に限って、黒皮縅おどしの冑よろいを着て、南蛮鉄の兜をかぶっていた中村新兵衛は、会心の微笑を含みながら、猩々緋の武者のはなばなしい武者ぶりをながめていた。そして自分の形だけすらこれほどの力をもっているということに、かなり大きい誇りを感じていた。
彼は二番鎗は、自分が合わそうと思ったので、駒を乗り出すと、一文字に敵陣に殺到した。
猩々緋の武者の前には、戦わずして浮き足立った敵陣が、中村新兵衛の前には、ビクともしなかった。そのうえに彼らは猩々緋の『鎗中村』に突きみだされたうらみを、この黒皮縅の武者の上に復讐せんとして、たけり立っていた。
新兵衛は、いつもとは、勝手が違っていることに気がついた。いつもは虎に向かっている羊のような怖気おじけが、敵にあった。彼らは狼狽うろたえ血迷うところを突き伏せるのに、なんの雑作もなかった。今日は、彼らは戦いをする時のように、勇み立っていた。どの雑兵もどの雑兵も十二分の力を新兵衛に対し発揮した。二、三人突き伏せることさえ容易ではなかった。敵の鎗の鋒先が、ともすれば身をかすった。新兵衛は必死の力を振るった。平素の二倍もの力さえ振るった。が、彼はともすれば突き負けそうになった。手軽に兜や猩々緋を借かしたことを、後悔するような感じが頭の中をかすめたときであった。敵の突き出した鎗が、縅の裏をかいて彼の脾腹ひばらを貫いていた。
(菊池寛 形から)
(出典: aozora.gr.jp)
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